昨日、タイトルの場所へ行ってきました。
場所は、千葉県の佐倉市です。今年に入ってから、このあたりのエリアにもご縁があります。

麻賀多神社
5月に行ってきました

将門口ノ宮神社は、言わずと知れた「平将門」公と、江戸時代の義民であったと言われる「佐倉惣五郎」さんをお祀りしている神社です。

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私の将門公巡礼の旅は、4年前からはじまりました。
最初は大手町の首塚(ちょっと前にニュースになっていましたね)から始まり、神田明神、福島県の娘さんのお墓。
そして今年になりまた、都内の将門公関連の神社を巡っています。
千葉まで行ってしまうと沢山ありすぎて、それこそまた福島県あたりにまで北上してしまいますから、どこまで行くのかな〜とも思いますが
まぁ可能な限り、導かれるままに…と思っています。

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この大きなご神木が、下の由緒書きにある「マテバシイ」です。
とっても良いエネルギーでしたよ

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桔梗塚は、将門公の愛妾であったと言われる「桔梗の前」の供養塔です。
実は先月にカリンバのさかいさんとお会いした時に、茨城にも桔梗塚の伝説があるというお話を聞きまして、桔梗塚は随分前から行かないとなと思っていたので、びっくりしたのでした

桔梗の前は将門公の愛妾でありましたが、実は朝廷側の間者・今風に言うとスパイで、将門公討伐の際に弱点を朝廷側に知らせたために、将門公は討たれたと言われています。
なので土地の人から桔梗の前は恨まれ、このあたりの土地に桔梗の花は植えてはいけない、植えても咲かない、というふうに言い継がれてきたのだとか。

さかいさんは茨城にある桔梗塚の話をされていましたが だいたい話のくだりとしては同じでして、あのあたりにたたずんでいると(さかいさんの表現で 笑)どこからともなく老婆が現れ…「このあたりに桔梗の花を植えちゃいけないよ」とささやいて、去っていくそうです
1000年近くも前の出来事なのに、未だにそういう話が語り継がれているというのも、すごい事ではありますよね

桔梗塚は、将門口ノ宮神社から2分程歩き、畑の中の大きな木の下に、ぽつんとありました。

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やっと来れたなという思いで、いっぱいになりました。
お墓がちょっと荒れていたので、、どこか途中でお花など買えればなと思いつつ、どこにもそういう場所がなくて手ぶらで行ってしまったので、、
また改めて来て、お花など添えたいなあと思いました。

ここからは私の妄想という事でお読みいただきたいですが、
桔梗の前は、世間で言われているような間者ではないという事
(本当はそうであったのかもしれません、しかし時代のせいでもあったかと…
桔梗の前の意志としては「NO」というのがとにかく、伝わってきていました)
そして、将門公とはしっかりとした絆で結ばれていた事
いまもまた、時空を超え
魂でしっかりと結ばれている事を感じました

私の頭には「ツインソウル」という言葉が出てきています

口ノ宮神社と桔梗塚で同じように入ってきた一筋の光

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それがお知らせしてくれているように思いましたよ